マニアック京都とは?

あしたはライブなので、このブログもちょっとはアクセス数が伸びると思うんだ。
だから、マニ京の歴史を、ソングライターであるおいら(かめ)視点で、思いつくがままに書いてみるよ!
めんどくさいから文字だけなんだ。
疲れるから、適当に流し読んでね!

結成

マニアック京都は1995年に結成したんだ。
大学の部活の中で、何となく組んだバンド。
全然音楽の趣味も楽器経験も違うメンバーが集まっていたので、それぞれのメンバーがやりたい曲を均等にやろうってことになった。
当時の定番であるブルーハーツやジュディマリ、定番かわからないけどシャ乱Qのコピーバンドだったんだよ!
でもおいらはエレキギターは音が大きくて怖いから、コピーのときはベースだったんだ。
ちなみに今でもエレキギターは音が大きくて怖いと思うよ!

バンド名の由来

よく聞かれるので、ここでお答えしよう。
おいらと当時のボーカルの会話、「マ行ってかわいくない?」。
かわいいって言ってればよかったあのころに戻りたくても戻れないんだぜ。

で、マ行の単語をいろいろあーだこーだ言って、何となく「マニアック」ってなったんだと思う。
その後は、略称から入った。
人気バンドになるに決まっていたので、親しみを込めて呼ばれる略称の語呂が悪いのはみんなに悪いかなってね!
思いやりという名の思い上がりだね!

けど、頭がマニである。
思いついたのはマニキュア、マニラ、マニ教。

キュアはちょっと…今でこそプリキュアがあるけど、当時はセーラームーンだったしね。
ザ・キュアーリスペクトっていうわけでもないから、却下。
ラは…ラーメンしか思いつかなかったな。
当時はあんまりラーメンを食べていなかったので、やっぱ却下。
今なら選んでいた可能性もあるね!

そして、マニ教。
マニアック教徒でもよかったんだけど、宗教とは距離を置きたかったんだ。
だから、音だけ借りて、マニアック京都。
これもよく聞かれるけど、京都に関係ある人がバンドに在籍したことは一度もないんだ!
おいらは修学旅行で1度訪れただけだよ!

ちなみに、当時はManiac京都っていう表記だったんだ。
でも当時出演していた下北沢屋根裏にフライヤーかなんかで「マニアック京都」って出されちゃった。
結果的によかったと思う。
字面を見ても、カタカナのほうが半端な感じでいいもんね!

オリジナルバンドへ

コピーをいろいろやったはいいけど、おいらのやりたい曲は?
バンドをやるために上京したようなもんだからね、おいらは最初からオリジナル曲指向だったんだ!
最初はコピーとオリジナル曲を混ぜてライブをしていたけど、徐々にオリジナルのみのバンドへ。
何とかみんなを洗脳することができたんだ。
おいら、教祖の才能があるのかもしれないね!

第1期マニ京

現マニ京には、オリジナルメンバーはおいらしかいない。
おいらの性格が悪いからだろうと想像しないように。
今はだいぶいい子になったから!

便宜上、結成当時からボーカル交代までの期間を第1期マニアック京都と呼んでいる。
1995年5月から1996年3月くらいかな?
月までは覚えてないや。

第1期のメンバーは、ボーカル(初代)、アコギ(おいら)、ベース(びゅうびゅう)、ドラム(芹ぴー)という編成(ここまでのメンバー数:5名(サポボーカル1名含む))。

ちなみに、この時期の曲の中で今やっているのは「街燈」くらい。
まだまだ初心者ソングライターだったんだ!

第2期マニ京から長期活動休止へ

第2期はボーカル交代以外にもメンバーの変動があった。
ボーカル(2代目)、アコギ(おいら)、ベース(芹ぴー)、ドラム(アッキー)だ(ここまでのメンバー数:7名)。
芹ぴーがドラムからベースへ華麗な転身を図っている。
芹ぴーは当時、三島から町田のスタジオ通っていたんだよな…すげえ。

時期は1996年4月から1998年1月まで。
旧マニ京といえばこの第2期という人が大半だと思う。
ブッキングでライブハウスに出演し始めたのは第1期からだけど、その後長いつき合いになるカゲルとかカゲルとかカゲルとかと出会ったのは、第2期に入ってからなんだよ。

今でもやっている「ピアニコ」や「ラスベガス」は当時の曲。
何となく曲を書くことに慣れて、思いつきやアイデアを盛り込むことができるようになったころ。
まさかこの後大スランプが待っているとは…調子に乗ったツケかもね!

1998年1月に何があったかというと、「本当にこれがやりたいことなのか?」っていうかっこいい悩みを抱えたからなんだ!
で、アコーディオンとのユニットを組むことになるのだが、それは割愛。
ただ、今もレギュラー曲としてやっている「名なしの子守歌」や「飛行船」はそのユニットの曲なんだよ!

その後、「バンドやりたいなー」と思いながらいろいろやってたんだけど、お披露目できるまでに至らず。
50人くらいには会ったと思うな。
人見知りオーラ全開だったけど。

そして、結局マニ京に帰ってくることになるんだ。
「これがやりたいことなんだ」って、かっこよく納得できたんだ!

第3期マニ京

とはいえ、それは世紀をまたいだどころじゃない、2007年のこと。
90年代の音楽は過去に、ゼロ年代も円熟期を迎えたころである。
ブームに乗っかれないタイプでほんとよかった!

第3期マニアック京都は、ボーカル&エレキギター(びゅうびゅう)、アコギ(おいら)、ベース(芹ぴー)、ドラム(花ちゃん)だ(ここまでのメンバー数:12名(サポベース2名、サポドラム1名、サポアコーディオン1名含む))。

特筆すべきは、エレキギターが入ったこと。
旧来からのアコースティックなサウンドにロック色を取り入れ、世界観が広がったんだ。
演奏的にはいろいろ「?」が浮かぶものだったとは思うが、現マニ京は当時やろうとしていたことを踏襲したものになっているよ。
あと、世間から引きこもっている間に、それなりにソングライティング能力は上がったんだと思う。
いろんな曲をお披露目できるようになったのもこのころからなんだ!

期間は2007年4月ごろから2009年1月まで。
山あり谷ありだったよ、けどいろんな出会いもあったよ。

第4期マニ京

その後、もう音楽やめようかなーどうしようかなーとうじうじモードに突入して、震災が起きて、カメ飼い出して、大切なものがふえたころ、現第4期マニ京がスタートする。
ライブのお披露目は2013年だったけど、その1年前である2012年6月から活動開始。
鍵盤が抜けたり、ドラムがチェンジしたりといろいろあるけど、実は今が過去最長の期なんだ!
ちなみに、第1期と第2期はつながっていて、足すと2年8カ月だから、あと半年粘ればそれも超えるんだよ!
目指せ3年!

〜〜〜〜〜2016/04/02 ここから追記&編集!〜〜〜〜〜

えーと。
3年もちませんでした!

2015年1月2日にボーカル脱退により、第4期マニアック京都は終了!

4期終わりくらいのメンバーは、ボーカル(4代目)、アコギ(かめ)、ベース(にしき)が正式メンバーで、和也Rainbowがドラムサポート、ギターに石井くんサポートでした(ここまでのメンバー数:18名)。

第5期マニ京

ほんでもって、急遽メンバー募集をして、割とすぐに運命的な出会いをしたのがみさきちゃん。
声が自分の曲のイメージにぴったりで、音楽の趣味も少しかぶってたり、おいら育ちは広島なんだけど、みさきちゃんは山口で中国地方シンパシー的な。

さらには鍵盤サポートにカゲルの市宵さん!
普段はギター・ボーカルの人が鍵盤って!
いろんなアイデアも出してくれるし、助かってます!

〜〜〜〜〜追記&編集 ここまで!(ここから下は取り消し線で修正)〜〜〜〜〜

そして伝説へ…

何かをする予定もないが、来年ことしは何気に結成2021周年。
歴史だけは長く活動歴は短めのバンドだけれど、今が一番しっくりきているよ。いえいえ、今がもっとしっくりきてますよ!

第3期のころだったかな、何となく話して、自分の心にだけ残ったMCがある。
「小さい奇跡を組み合わせれば、それは伝説になる」

特別なことじゃなく、ちょっとだけ人と違うこと。
それが長所であれ、短所であれ、それを小さい奇跡と呼ぼうではないか。

個性なんてそんなものだよ。
特別な人間なんていないのと同時に、みんな特別なのはそういうことなのさ。

これからも、おもしろそうなことを追求していく。
マニ京のルールは、対外的にはこれだけだ。

だから、おもしろそうなことをしようとしているバンドだなって思ってください。
そこだけは裏切らない予定なので。

それでは、今後ともマニ京をよろしくお願いします。
ライブもぜひ来てね!

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